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名古屋高等裁判所 昭和56年(う)363号 判決 1982年2月23日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人酒井廣幸作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(法令の適用の誤りの論旨)について

所論は、要するに、原判決は以下の二点で法令の適用に誤りがあるというのである。すなわち、原判決の法令の適用によると、(一)原判示第一の所為につき、無免許運転の点と酒気帯び運転の点とが観念的競合の関係にあるとして刑法五四条一項前段、一〇条を適用して一罪として重い無免許運転の罪の刑で処断するとしていながら、懲役刑及び罰金刑が選択刑として定められている同罪について刑種の選択をしていない。そして原判決は原判示第一の罪と同第二の罪とが併合罪の関係にあるとするのであるから、刑種の選択をしなければ果して刑法四七条を適用すべきか、又は同法四八条によるべきかが明らかとならないのであって、原判決は右無免許運転の罪につき懲役刑の選択を遺脱したまま同法四七条を適用するという誤りを犯したものである。また、(二)右第一の無免許運転の罪と原判示第二の偽造有印私文書行使罪とにつき併合罪加重をするにあたり、漫然刑法四七条を挙示するのみで、同法四七条但書の制限に従ったとの文言が見当らないのであるから、原判決は右但書の適用を遺脱し、その結果、本件の処断刑は懲役三月以上五年六月以下であるのに、懲役三月以上七年六月以下の処断刑の範囲で刑の量定をしたものと考えられ、右各誤りはいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄を免れないというのである。

そこで原判決書を検討すると、(一)原判決は、その法令の適用の欄において、原判示第一の所為に関し、まず無免許運転の点が道路交通法一一八条一項一号、六四条に、酒気帯び運転の点が同法一一九条一項七号の二、六五条一項、同法施行令四四条の三に各該当する旨を明らかにし、次いで観念的競合の処理として刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い無免許運転の罪の刑で処断する旨を判示しながら、選択刑の定めのある右罪について刑種の選択を示していないことは所論のとおりである。この点において原判決の法令の適用が明確さを欠いていることは否定できないが、しかし、原判決は、その併合罪加重の項において、刑法四五条前段、四七条、一〇条を適用して重い原判示第二の罪の刑(偽造有印私文書行使罪の懲役刑)に加重する趣旨を明らかにし、同法四八条を摘示しておらず、また、主文において被告人を懲役八月に処しているのであるから、原判決は無免許運転罪につき懲役刑を選択したうえで併合罪加重をしたものと推認するのが相当である。また、(二)原判決が右併合罪加重の項において「刑法四七条」と挙示したのは、その文言に照らし、四七条本文・但書を含む同条全体を適用する趣旨に出たものと解されるから、右但書の適用を遺脱したとの所論はその前提を欠くものといわざるをえない。したがって、原判決に所論のような法令の適用の誤りはなく、論旨は採用できない。

控訴趣意第二点(量刑不当の論旨)について

所論は、要するに、原判決の量刑が刑の執行を猶予しなかった点で重過ぎて不当であるというのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、証拠に現われた被告人の性行、経歴、前科をはじめ、本件各犯行の罪質、動機、態様等、特に被告人は、暴行、侵害の粗暴犯で数回処罰された犯歴があるほか、名古屋地方裁判所において道路交通法違反の罪により(一)昭和四九年一〇月三一日懲役五月、二年間保護観察付刑執行猶予の、(二)昭和五二年八月二五日懲役六月、三年間刑執行猶予の各判決言渡しを受け、また、昭和五六年二月一三日名古屋簡易裁判所において同罪により罰金四万円に処せられた前科がありながら、自戒することなくまたも同種犯行を含む原判示各犯行に及んだものであって、本件は、被告人が、クラブ、スナックなどで飲酒したあげく、スナックで初めて知り合った女性客から、駐車違反の場所に置いて来た車の処置に困っている旨聞くや、自ら右車両の運転を買って出て、原判示第一記載のとおり無免許で、かつ、酒気を帯びた状態でその車両(普通乗用自動車)を運転し、更に、警察官に蛇行運転を発見されて、原判示第二記載の日時場所において警察官の取調べを受けると、運転免許を有する実弟酒井兼介の氏名を詐称して右無免許運転などの刑責を免れようと企て、同判示のとおり交通事件原票中の供述書欄にほしいままに右実弟の氏名を冒書して指印し、これを真正に成立したもののように装い警察官に提出して行使したというものであって、いずれも動機において酌むべき事情がないうえ、右第一の無免許運転についてはその反覆性が否定できず、第二の犯行も他人の迷惑を顧みない自己本位の卑劣なものであり、また、これら犯行を通じ被告人の遵法精神の欠如が顕著であることを考慮すると、被告人の刑責は軽視できず、他面、被告人の家庭状況、特に妻と離婚後、長女、次女を引き取って養育し、次女が今春高校進学の時期を迎えていること、その他被告人の反省態度、更には当審に至り被告人が保有する車両の運転について免許を有する近隣の者の協力がえられる体制を一応整えていることなど所論の点を含め証拠上肯認しうる被告人のため酌むべき諸事情を十分斟酌しても、原判決の量刑は相当であって、重過ぎて不当であるとは認められず、もとより、刑の執行猶予を相当とするような事情は見出だし難い。この論旨もまた理由がない。

よって、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条によりこれを棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野慶二 裁判官 鈴木雄八郎 鈴木之夫)

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